〜ユカリン〜


2年の新学期。A子たちのクラス担任は学年主任も兼ねているので、〝副担任〟という形で新任の先生が受け持つことになった。その先生は大学を出たばかりの新卒。みるからにお嬢様であるが、自己紹介やら挨拶やらの初発から「私は先生よ!」という態度で生徒に接した。しかし相手が悪かった。 

A子の住む町は典型的な下町。良く言えば反骨精神なのだろうが、気取ったり、ツンと澄ましたり、威張ったりする輩(やから)には猛然と反発する気風がある。加えて市内でも指折りの〝つっぱり〟学区。お嬢様先生はたちまち「なんだ、アイツ」ということになってしまった。

いつしか先生は、その名前から〝ユカリン〟という愛称で呼ばれるようになった。もちろん全員が〝ためぐち(同格の仲間に対するような口の聞き方)〟だ。実は軽蔑しているからなのだが、先生は好かれていると勘違いしているらしく、「ユカリン」と呼ばれてもためぐちで話しかけられても「仕方がないわねぇ」というポーズはするのだが、まんざらでもないようだった。

しかし何事につけても感情が先立つので、生徒はユカリンのその日のご機嫌次第で右往左往させられることが多かった。昨日は「これでいいわよォ」と言ってても、今日になると「あなたには常識というものがないのですか!」となる。それでいて授業や学級会のおりに騒ぐ子がいたり、授業を放棄する子がいたりして、注意しても怒鳴ってもどうにもならないとなると、泣き出すのだった。最初の頃は「若いねぇ」と割合好意的に思われていたのだが、あまりにも度重なるので、次第に「また泣いとるがや」となってしまった。

女子たちがユカりンに反感を持つのは、ユカリンの〝女〟の部分だった。ユカリンは男子のツッパリグループの前では急に話の分かる良い先生みたいに接する。特にイケメンの子の前ではデレデレで、他の生徒の視線を感じた途端、また「フン!」と、いかにも先生先生した態度に戻るのだった。

ある日、文化祭の役割分担について話し合いをしているとき、またもやクラスが騒がしくなった。ユカリンがキーキー注意しても、みんな素知らぬ顔で自分勝手なことをやっていたのだ。そしてユカリンは泣きながら職員室へ。数分後に本当の担任がやってきた。もちろん教室は先生の姿が見えただけでシーンとなった。「たいがいにしといたれ、ユカリン、また泣いちゃったがや」と先生。

それ以降、クラスには「仕方がないからユカリンをおもりしてやるか」みたいな雰囲気が生じた。

生徒のほうが〝したたか〟だった。
(J)

2007.9.17発行 KID'S倶楽部 Vol.160