ヒューマンスクランブル第295回


天白のがばいばあちゃん

湯川千恵子さん

原5丁目 湯川千恵子さん

島田洋七の「佐賀のがばいばあちゃん」が人気で、「がばい(すごい)」は、今年の流行語大賞に選ばれそうだが、わが街にも”がばいばあちゃん”がいる。原の湯川千恵子さん(72)がその人だ。
「ばあちゃん」なんて呼ぶのがはばかられる”若々しい”湯川さんだが、このほど自身四冊目の本を出版。タイトルが「私は二歳のおばあちゃん」だから、この”呼称”も許してもらえるだろう。
六十歳で人生がリセットされるという還暦。何とこの年に、千恵子さんは、米国に留学中の長女一家に招かれ、渡米した。
この四年前に、夫をがんで亡くし闘病記を「一粒の麦癌で逝ったあなたへ」としてまとめ、出版したのが、三年後。「主人を亡くした悲しみを本にまとめることで気持ちの整理をつけたかった」と当時をふり返る千恵子さん。
ところが、出版後は、逆に心にポッカリ穴が開いた状態だったのだろう。こんな千恵子さんに、長女一家が”手を差しのべた”形だが、何しろアメリカ。ホイホイと行けるものではない。
そして、米国で出会ったのが七十歳の「インテリおばあちゃん」。当時の千恵子さんの語学力は”幼児並み”だったが「彼女ともっと話がしたい」と翌年には現地の語学学校に留学。長女一家が帰国したあとも米国に留まり、勉強を続けたという。
「六十の手習い」と千恵子さんは笑い飛ばすが、団塊の世代が還暦を迎える今年、一人ひとりに聞いてみたい。「あなたは、言葉のわからない異国に行き、七年も八年も一人で暮らせますか?」って。
初出版は、ご主人が助けてくれた。闘病記も「主人との共同作業」と言う。しかし今回は、違う。出版も”がばい”けれど、本当に”がばい”のは、還暦を過ぎてからの生き様だ。
千恵子さんは言う。「人生をあきらめている人に、挑戦して学ぶ勇気と、喜びを伝えたい」と。

2007.9.11発行 紙ひこうき Vol.315