お父さんはあきらめない!


 ある日の夕飯時、父親がふと娘の手元を見ると、娘の爪がピンクに光っていた。A子の父親は昔かたぎの職人で、行儀やしつけには厳しい方だ。
「A子、お前マニキュアしてるな。いま何年生だと思ってるんだ」と父親。A子が沈黙したままなので、父親は今度は母親に向き直った。
「お母さん、お前は許可してるのか」。母親もうつむいたまま沈黙。みなが黙りこくった食卓で、仕方がなしに父親は「やっていかんとは言わん。ただし日曜日だけだ。夜になったら絶対に取れよ」と言い聞かせ、その場は終わった。
 ところがそれから数日後、仕事から帰った父親はまたしてもマニキュアを発見した。「お前、学校の日なのに爪を塗ってるのか」と父親。
「とるの忘れた…」とA子「今からとって来い。だいたい中学生の分際で何だ!」。こっぴどく叱られたのだが、A子は結局はマニキュアをやめようとはせず、冬休みになってからはギラギラの付け爪までするようになり、父親は根負けしたかたちになってしまった。
 春先のこと、家族ぐるみで仲良くしている家でお葬式があった。父親は一足先に出かけてお手伝いをしていた。すると知人の一人が後からやってきたA子を見て驚いた。「えっ!A子ちゃん、もうお化粧してるの?中一でしょ?まだ」。娘の顔を見ると確かに口紅を塗り、眉を描き、アイラインまで引いている。お葬式の間中唇を噛み締めていた父親は、帰りの車の中で徹底的にA子を叱った。「中学生の分際で化粧するなんてもってのほかだ。化粧したかったら学校辞めてキャバクラにでも働きに行け!」。A子は激泣きしたが父親は「泣いてもいかんものはいかんのだ!」
「だいたいお母さんもどうして化粧なんかさせるんだ」と母親の監督不行き届きもとがめた。すると母親は開き直ったのか庇うつもりなのか「お父さん、A子なんかまだ良い方だよ」とくちごたえ。「良い方もクソもない、中学生は化粧していかんのだ!」「そんな固いこと言ってたら、A子だけ友だちについていけなくなるがね。化粧は流行なんだわ。やってない子なんていないから、どこの親だってあきらめてるんだわっ!」
と母親は食い下がった。
 父親はマニキュアのときに妥協したことを心底悔やんだ。娘をちゃんと躾けられない妻にも絶望した。しかし自分ひとりだけでも何とかここで食い止めてやらなければ、娘は堕落していく一方だ。たとえ夫婦喧嘩になろうとも、絶対に化粧なんか認めないぞ、オレは諦めないぞと、父親は決心した。

2007.3.19発行 KID'S倶楽部 Vol.154