ワンマン社長


常男じぃさんは、ゼロから会社を立ち上げ、小さいながらも立派な企業に成長させた。ワンマン社長で、言う事を聞かない猛者(社員)達を怒鳴りつけ、思うままに会社を運営してきた。その功績は認められ、常男じぃさんは地元では一目置かれる権力者になっていった。

常男じぃさんの気性の荒さは近所でも有名で、年をとっても変わらなかった。家の前で大騒ぎして遊んでいる子ども達が居ようものなら、容赦なく「やかましい!」と怒鳴り、近所の子ども達は泣きベソをかきながら走って逃げる。

70歳を迎える頃、常男じぃさんは自分の不注意から交通事故を起こした。ケガ人は自分だけ。大したケガではなかったが、しばらく入院する事になった。

日中は見舞客がひっきりなしに訪れ、病院側は大いに迷惑した。ロビーや待合室は見舞客が占領するわ、常男じぃさんの個室には酒とたばこの臭いが充満するわ。看護師さんが文句を言おうものなら、病院中に常男じぃさんの怒号が響き渡る。病院は他の入院患者や家族への謝罪で大忙しとなった。

常男じぃさんは退院すると、「自分もモウロクしたようだ」と、引退を表明した。会社を次の世代へ渡し、自分は静かに隠居暮らしをする事を決めた。「引退した人間は、もう会社には口を出さない」とかっこうの良い事を言った常男じぃさん。有言実行が自分の主義だと豪語していた常男じぃさんは、会社に全く口も顔も出さなくなった。

「とはいえ、困った事があれば相談に来るだろう」と思っていた常男じぃさんだったが、思惑とは裏腹に誰も相談には来なかった。会社の人間はもちろん、今まで付き合いのあった人達も会社での権力を失うや否や、プッツリと常男じぃさんの家に顔を出さなくなった。

「妻と年金で暮らして行くから」と言っていた常男じぃさんだったが、しばらくするとその妻が突然亡くなってしまい、独居老人になってしまった。
一人で家事をこなす事になった常男じぃさん。気に入らない事があると、物に対してでも怒鳴りちらして生活していた。

一人暮らしなのに騒がしい家が、ある日を境に静まりかえってた。留守ではない様子なので、近所の民生委員が気になって様子を見に行くと、常男じぃさんが居間で座って新聞を読んでいた。じぃさんは民生委員をギラリと睨みつけたが、そのアゴははずれてヨダレが垂れていた。夜中に大あくびをしたらはずれてしまったそうで、「みっともない!」と思った常男じぃさんは2日間も放置していたそうだ。民生委員は慌てて病院に連れて行き、事なきを得た。

話を聞くと、以前にもカキにあたって食中毒で動けなくなった事があると言う。「漏らしたまんまで絶対に死ねるか! と思って頑張っとったわい」と笑いながら話す常男じぃさんに、「どうして電話一本くれないんだ!」と民生委員が声を荒げると、「そう怒鳴るなてー…」と生まれて初めて小さくなった常男じぃさんは、イタズラっぽく嬉しそうに笑った。

2009.9.25発行 み・まも~る10月号 Vol.29