夢は高校球児!


T君は5年生の春に引っ越してきた。この地域の子ども会では、毎年夏になるとソフトボール大会が開催されている。引っ越してくる前は子ども会の行事に参加しておらず、スポーツといえば近所の友達とサッカーボールを蹴って遊んでいる程度しか経験したことがない。そもそもスポーツというものに興味がもてず、テレビで観戦する事すらなかった。

そんなT君がソフトボール大会にでなければならなくなった。これは一大事。「転校生が、カッコ悪い所をみせるわけにはいかないぞ」とT君は緊張した。

道具は子ども会が貸してくれるが、まともにキャッチボールもした事がない。困っていると、近所に住んでいるK君が「俺とキャッチボールやろう」と声をかけてきてくれた。

おどおどしていると、K君が「キャッチボールした事ないの?」と言ってきた。「うん…サッカーしかやってなかった」と、T君は素直に答えた。「そっか、じゃぁ俺、野球部だから教えてあげるね。野球も楽しいよ」とK君。T君の不安が一気に吹き飛んだ。

「ホントにやった事ないの? 上手だよ、T君」とK君が励ましてくれる。T君は恥ずかしい気持ちなんか吹き飛んで、ルールから何から何まで、わからないことを全てK君に聞いて教えてもらった。

T君は野球(ソフトボール)にはまった。ルールがわかってくると、今まで見たことのなかった野球中継なんか見たくなったりする。夏休みの間、K君に解説してもらいながら高校野球を観戦した。

今年の高校野球は数々のドラマがあった。優勝候補チームの敗退や、逆転勝利。2人は大興奮して観戦した。そうなってくると、二人の夢は甲子園。当然、将来甲子園に出場したらなんて話になってきて、二人ともが4番でエースのつもりで語り出す。何度もエース争いのケンカが勃発した。

T君たちの子ども会は、ソフトボール大会では惨敗した。「野球とソフトボールは全然違うよ!」と二人は慰めあった。

夏休みが終わると、T君はさっそく野球部へ入部届を出した。K君はT君に(お古の)グローブをプレゼントした。「甲子園のために今から体を鍛えて、まずは中学校の野球部で優勝しような!」と誓い合った二人。

二人の会話を聞いていたK君のお母さんが、「小学校で優勝しなさい。あんたらの行く中学校には、野球部ないよ」とサラリと言った。

二人は絶句した。

KID'S倶楽部 Vol.183:小学百景