介護はいつから誰がどこで?その1 要介護の目安


 人間、いつか弱る日が来る。人の手助けなしでは日常生活に困難をきたす時が来る。
大家族制度の時代(あるいは地域)なら、年をとったら家族に世話をされて自宅で息を引き取るのが当たり前だった。しかし家族のありようも仕事の形態も変化した現在、人は人生設計の最終章として自分の老後を考えなくてはならなくなってきた。
前月号の『二世帯同居』の時に多くの方々からお話を伺った結果、「親と同居して苦労した人は子供との同居を避ける」という傾向が浮かび上がったのだが、介護でも同じ結果が出た。「自宅介護経験者」としてお話を聞かせて下さった方々は一様に「私自身は施設に身をゆだねます」と言っているのだ。
現在こそ種々の介護サービスがあるが、ついこの間までは全てお嫁さん。「ご親戚」も「ご近所様」も「金も手も出さないが口だけ出す」という現実。肉体的・精神的負担はいうまでもなく「疲れがピークになると自分の心の中が醜くなるの。それが嫌だった」と一人の方。しかし彼女らは「絶対家が良いに決まってる。聞かなくても分かってるから、やれる限りはやってあげようと思った」と。
 ではいったい、どの程度弱ったら人は要介護となるのだろうか。左は介護サービスを受けるための目安である。だが前述の彼女らはもっと簡単に「歩けない・排便の始末が自分ではできない」が境界線だと言っている。そうなったら「施設に行くわ」と。しかし認知症ともなればその境界線が自分では判断できない。「ボケたが勝ち」という言葉はちょっと悲しいが。

2007.10.25発行 み・まも〜る11月号 Vol.6