《まつり》


8月26日、「第九回にっぽんど真ん中祭り(=どまつり)」が幕を閉じ、夏が終わった。

このどまつりは、札幌の「YOSAKOIソーラン」に感動した中京大学の学生が起こしたもの。そしてその札幌の祭りは、高知の「よさこい祭り」に感動した北海道大学の学生が起こしたものなのだが、この学生さんは実は名古屋の人。土佐の高知といえば尾張出身山内一豊の所領。大名は転封の折に氏神や鎮守の神ごと移ったものだから、「よさこい」が高知商工会議所による新しいお祭りだと知りつつも、名古屋の二人の学生さんが北海道を経由して、「まつり」をふるさとに里帰りさせたと思えてならない。

さて「まつり」。伝統的なお祭りには必ずそこに「神様」がいて、春には五穀豊穣を願い、夏には厄災消除を祈り、秋には収穫を感謝して宴を催し、神楽で歌い踊り、神人合食をしたのだ。また古来より遠来の「マレビト」にはご馳走をしてもてなすという習慣があり、これが「まつり」の原型と民俗学者の折口信夫は言う。祭りは人間の本能的行為なのかもしれない。

その本能的行為に、経済人類学者たちは「蕩尽」という名をつけた。人間は貯めこんだ物を一気に蕩尽するとき、めくるめく陶酔に酔う。だから人間は蕩尽のために余剰生産を行なうのだ、というのがバタイユの考えだ。まつりは蕩尽の形の一つで、その最たるものは「戦争」なんだと。

「どまつり」の経済波及効果はどまつり文化財団の設立趣意書によると、直接効果が45億円、間接効果と合わせると63億円、付加価値が37億円とも発表されている(第6回祭り開催分・UFJ総合研究所試算)。ちなみに北海道の「YOSAKOIソーラン」の経済効果は昨年の第15回の場合238億3400万円(主催者発表)とか。パーッと使っちゃえ! というのなら「戦争」より「まつり」ですな。。

2007.9.5発行 エコノミスト●なごや Vol.31