卒業アルバム


「あいつの弟が入ってくるぞ」。入学前から、大げさにいえば学校中がA男に注目していた。兄姉ともども札付きの不良で、在校中はさんざん教師の手を煩わせていた。特に兄の方は暴力団と関わりがあることを自慢するような人間で、校門に待ち構えたスモークガラスの車に「どうだ」とばかりに乗り込んでいた。

そして親も親。働いてはいるのだろうが、夫婦そろってパチンコ屋に入り浸り、さもなくば居酒屋で気勢を上げているところしか町内の人々は見たことがなかった。そしてこの親は子どもが校則違反をしたり繁華街で補導されても、けっして呼び出しには応ぜず、教師が家庭訪問すると逆切れを起こすことでも有名だった。茶髪に染めたことを注意した教師に「娘が自分の金で染めたのに、何が文句ある!」と怒鳴り返した話は、もはや伝説である。

その常識外れの家庭に育ったA男なのだが、それが「親兄弟に汚染されずに、よくぞまともに育って下さった」と回りの者が口にするほどの男の子だったのだ。普通の制服を着て、普通に授業を受け、部活もする。学校にとってその普通がどんなに嬉しかったか。しかし、ことお金に関しては兄姉と同様で、あらゆる集金が困難だった。親には何か特別な価値基準でもあるのか、部活のユニホームなどはすぐにお金が出るのに、その他はグズグズと言い訳を寄越しては支払わない。

A男の中学生活最後の難関は、卒業アルバムだった。代金1万円弱は年内に納めなくてはならないのだが「母ちゃん、くれんもん」とA男。「でもお年玉で払うから、お願い、待ってて下さい」。

しかしその年は、残念ながらお年玉はもらえず。教室で元気に話すのでA男のアルバム代金未払いの話は誰でも知るところとなった。パチンコで今日は3万やられた、昨日はあっという間に2万すっちゃったと喫茶店で話す母親に、人は「あんた、そんなお金あるなら、息子のアルバム代払ったりゃあ」と言うのだが、「あんなもん、いらんがね」と取り合わなかった。どうにかしてやりたい気持ちはあっても、下手に関わると何を言われるか分からない。結局みな手をこまねいて見ているしかなかった。
春。卒業してしばらくした頃A男が学校にやってきた。「先生、アルバム代もって来たよ。春休みに、ぼく、バイトしたんだ!」
( J )

2007.7.17発行 KID'S倶楽部 Vol.158