口下手ー


とりたてて無口というほどではないが、A男はどうも口が重い。暗い性格ではないが口ごもるので、何を言いたいのか要を得ない時もある。A男のこの口下手を常日頃から母親は心配していた。
ある日、生徒から先生にA男が掃除をさぼったという告げ口があった。実はさぼったのではなく事情があったのだが、職員室に呼ばれたA男は叱られるばかりで何も言わない。しかし説教の後でキッと睨んだA男の目を先生は見逃さなかった。(この子は何も言わないが、何かが言いたいのだな…)と察した先生は「何か言いたい事があるんだろ?言ってごらん」とAを促した。A男は例によってモゴモゴとではあるが『事実』を話した。先生はA男の話に基づいて関係者全員を呼び、もう一度調査をし直した。その結果、A男のさぼり疑惑は晴れたのだった。
「いやあ、私も教師ですから一人一人顔が違うように個性も違う、もちろん表現方法も違うとわかっていたのですが、今回の事件ではA男君に学ばせてもらいました。あのひと睨みがなかったら、A君に罪を着せたままでした」と、母親が事件の顛末を先生から聞かされたのは懇談会の時だった。ああ、見つけてくれた、この先生はA男の心の中にあるものを見つけてくれたのだと、母親は先生に手を合わせたいような気持ちだった。
しかし同時に母親は、親として責任を感じ、また反省をした。私はこれまで自分が一方的に話してばかりで、A男の話や事情を聞かずに育てたのかもしれない。それが押さえとなって、A男は心の中のものを引っ張り出すこともできなかったのだろう。私は事情を話す勇気も育んでやれなかった…。
自分の思いを受け止めてくれる存在に自信を得たのか、それからのA男は相変わらず物静かではあるが、主張すべきところはきっちり主張する少年へと成長していった。(J)

2007.5.21発行 KID'S倶楽部 Vol.156