アゲハン


外を歩いていて、ハンドルが不思議な角度になっている自転車に乗る中高生を見たことはないだろうか。
自転車のハンドルとブレーキレバーの角度を変えて、空に向かって生えているようにする。もちろん運転はしにくくなるし危険なことこの上ないので、やってはいけない。だが、これを「カッコイイ」と喜ぶのが思春期の少年たちである。『ネジをゆるめて角度を変えてしめるだけ』という簡単な作業でできてしまうのだが「自分で作業をして完成させた」という達成感は思った以上であるという。

T君も「アゲハン」にあこがれて、悪友のR君に相談した時の話である。R君の自転車はスゴイ。トラックにひかれたみたいにハンドルがペシャンコに絞ってあるし、持ち手なんか上を通りこして前向きになっていて、T君には絶対に乗りこなせない。「アゲハンのやり方を教えて」と相談すると、「よし、じゃぁ一台パクってきてやるよ」と予想どおりの事を言いだしだ。
T君は悪いことはしたくない。「ボクのこの自転車を改造したい。ヤバイときにはスグに自分で戻せるようにしたい」と必死にR君を止めた。「アゲるだけでいいの? オレのみたいに絞るとカッコイイよ?」と言いだすR君。「今回は絞らなくていい」とカッコつけながらT君は断った。

ハンドルの角度を決めるのに時間がかかって完全に日が暮れてしまった帰り道。T君は角度の変わったハンドルを握ってニヤニヤしながら信号待ちをしていると、「それ、パクった自転車じゃないか?」と突然後ろから声をかけられた。T君がびっくりして振り向くと、後ろでお巡りさんが一緒に信号待ちをしていた。普段、お巡りさんに会う事なんかないのに、どうして今日に限って…。「自分のです」とぶっきらぼうに言ってソッポを向いていたが、お巡りさんは信号が変わるまでジロジロとT君の自転車を観察していた。

ようやく自分のマンションについたと思ったら、駐車場でお母さんに遭遇。見つかる前に自転車置き場に置いてしまおうと思っていたのに…。お母さんは自転車をみるなりハンドルを抑えつけ「何なの! この自転車は! すぐに戻しなさい!」とT君を怒鳴りつけた。T君が「この方がカッコイイじゃん」と言うと「カッコイイじゃない! 戻しなさい!」と叱られる。「ウルサイなぁ」とT君が反抗しても「ウルサイじゃない! 今すぐ戻しなさい!」と返される。お母さんはT君の言い分や言い訳なんか一切聞いてくれないモードに突入している。薄暗い自転車置き場で、ウンザリした顔でハンドルを戻すT君。お母さんから「今度やったら、もう新しい自転車は買ってあげないからね!」と追い打ちまでかけられた。

KID'S 倶楽部 Vol.195 中坊白書