サッカー


T君がサッカー部に入ったのは5年生の時。それほどサッカーが好きなわけではなかったが、友達に誘われて入った。

もちろん試合に出るレギュラーメンバーにも入っていないので、毎日の練習といえば走ったりリフティングの競争や、何の障害もない場所でのパス練習。
コートやゴールはレギュラーメンバーの六年生たちが占領しているので、シュート練習なんかやった事がない。
T君はサッカーボールを使って遊ぶ事ができれば満足で、試合をして勝ったり負けたりという勝負事は好きではないので、それで良かった。

そう思っていた矢先に、思いがけない展開になっていった。「紅白試合をするぞ」と顧問の先生が言いだしたのだ。
毎年の事らしいのだが、5年生と6年生を合わせてチーム分けをして、試合形式で練習する事が多くなるということをT君は知らなかった。「試合なんかしなくていい」と思っていたのに、いざとなるとわくわくで胸がいっぱいになっていた。

紅白試合が開始。ポジションもあやふやで、T君はサッカーに詳しい友人の言う通りの場所で守った。しばらくすると相手の蹴ったボールがT君の前に飛んできた。ボールをとって「ちょっと攻めてやろうかな」と思ったら、後ろからグイッ! っとシャツを引っ張られた。びっくりして振り返るT君。「え、なに?」と振り返ると相手チームの6年生。
一度も会話したこともない先輩に目をやったとたん、そのままグラウンドに引きずり倒された。何をされたのかサッパリわからない。T君を引っ張った6年生はボールを奪って走って行ってしまった。

試合終了後。T君は同じチームの友達に、引っ張られてコケさせられた事を愚痴った。「あんなズルするんだよ、あの人!」と言うと、「それは普通だよ。審判にバレない様に、みんな引っ張ったり足をかけたりするんだよ。見つかったらファールになって退場になったりするけど」と言われてしまった。
ボールを蹴って、テクニックでゴールを決める楽しいスポーツだと信じていたが、どうやら違うらしい。

サッカーというスポーツにすっかり幻滅してしまったT君は、その日の部活が終わった瞬間、顧問の先生に退部を願い出た。

KID'S 倶楽部 Vol.191 小学百景