職場体験


R君は中学二年生。「スポーツ選手になりたい」だの「お笑い芸人になりたい」だのと言っていたのは昔の話で、結局は適当なところに就職してサラリーマンになるんだろうな、と思っている。

サラリーマンになるためと、親の見栄のために勉強をさせられている事はわかっていた。じゃぁ、自分は親のために学校に行き、勉強をしているのかと言えば、そうではなかった。友達と学校で遊ぶため、友達と同じ高校に進むため、だ。

R君の学校では二年生になると社会科の授業の「職業体験」として、近所のお店で仕事をさせてもらう。「近所のお店」とは、古くからある個人商店のお店や飲食店、スーパーマーケットだったり、コンビニだったりする。2~3人で、一か所の職場に行くのだが、R君たちは2人で近所のお店に行く事になった。

R君たちの職場は、古くからある個人商店のお店なのだが、ハッキリ言って中学生たちにとっては何屋さんなのだかわからない。ナベやまな板・包丁が並んでいるかと思えば、洗剤・お菓子やカップ麺もある。お店ではしわくちゃの顔をした店主が待っていて、担任の先生と「一日よろしくお願いします」と頭を下げたところで職場体験がはじまった。

挨拶が済むと先生は学校へ戻って行って、R君たちは店の前や店内の掃除だ。こんな不思議な店に客なんか来るのだろうかと思っていたが、意外と客があって驚いた。
来るお客さんたちは、みんなが声をかけてくれた。R君の普段行くコンビニやスーパー等で、客が店員に声をかけているシーンを見た事がないので、不思議だった。

緊張も解けて昼食も済んだころ、店主さんがお茶を入れてくれた。
「どうだい、この仕事は? 二人のお父さんはネクタイをして会社に行くのかい?」と聞かれたR君たちは、そうだと答えた。
「サラリーマンになるばかりが人生じゃないからな、自分でお店をやるのも楽しいぞ」と店主は言った。
「自分でお店をやるんだったら、そんなに必死に学校行かなくてもいいの?」とR君は尋ねると「お店をやるには、最初に何百万もかかるんだ。まず、その資金をためるためにサラリーマンになっておくのがいいと思うぞ」と教えてくれた。

そんな具体的な話を聞かせてくれた大人は初めてで、R君たちは感動してしまい瞳がキラキラと輝いてきた。そうなると店主さんは、やりにくそうな顔をして奥にいってしまった。

正直なところ、「どうせサラリーマンになるのに近所のお店に職場体験に行ってどうするんだ?」と思っていたR君。
夕方、夢と希望に満ちた中学生二人を迎えにきた担任の先生。学校までの帰り道に楽しそうな二人を見ては「そんなに楽しいお店だったの?」と何度も不思議な顔をした。

KID'S 倶楽部 Vol.191 中坊白書