考えすぎずに


昔は今ほど医療が発達しておらず、人の寿命は短かった。数少ない高齢者のもつ長年の勘や経験はマネできるものではなく、古老・長老などと特別な尊称で呼ばれていた。
しかし、今は違う。医療の発達で平均寿命は延び、高齢化社会などと呼ばれるようになってしまい、「お年寄りを大切にしよう」どころか、高齢者は色々な面で恨み・妬まれる事が少なくない時代になってしまった。
照子さんは78歳のひとり暮らし。

老いてからの両親にはさんざん苦労をさせられた事もあり、若い頃は老人を嫌っていた。
しかし、気がつけば自分が今そんな年になっていた。

たまに会う息子や娘には、厳しい事ばかり言われてしまう。
最初の頃は何で優しくしてくれないかと悩んだが、よくよく考えてみれば、自分が若い頃に両親にしていた仕打ちそのものだった事に気が付く。そう思うと自業自得と自分に言い聞かせて耐えている。

この負の連鎖を止めなければ、と照子さんは孫をつかまえては「お父さん・お母さんを大切にしないといけないよ。特に叱るような事をしてはいけない」と教えている。しつこく言っていると、「今までされてきた事を考えると、とても親を大切にする気にはなれない」と一人の孫にはつっぱねられた。

そんな話を久しぶりに会った旧友としていると、「照子ちゃん、やっと年寄りになれたんだから、そんな謙虚にしてたら損だよ。お互いそうは長くはないんだから、何にも考えずに図太く生きなきゃあ」と笑い飛ばされ、「やること無いから色々考えちゃうんだよ。一緒にタクシーで弘法さん詣りしよう」と誘われた。

照子さんは、週に一度はタクシーを使って旧友と弘法さん詣りに行くようになった。
「誰かに頼んで車を出してもらうより、お金使ってタクシーで行った方が気兼ねもなく遊べるでしょ。経済のタメにもなるし!」と、旧友は思い悩む照子さんを外に連れ出す事に、まずは成功した。

2010.01.25発行 み・まも~る2月号 Vol.33