それぞれの老い②


《さっちゃんだけにはそうしきにきてもらいたない》

 庄屋の家柄でこそないが、栄作とミツは大百姓の土地持ちのと称えられた家同士の結婚。栄作は豊富な資産を背景に事業や商売を営む才覚もあった。ミツも「本家の嫁」としての務めを立派に果たす働き者だった。ただ無類のお人よしだから損をすることも時にはあったが、子宝にも恵まれ、ミツは栄作と共に人寄せの良い賑やかな家庭を営んでいた。
 末っ子の長男の嫁は家柄の釣り合いもさることながら、器量の良いことが気に入られて嫁入りしてきた。しかし幸子の実家は間もなく倒産。栄作は嫁の実家のさして出来も良くない弟たちを自分の会社で面倒を見るなど、援助を惜しまなかった。
にもかかわらず、嫁の幸子は恩に報いるどころか嫁としての一切合財、つまり料理も掃除も何もしない。さすがに栄作の前ではおとなしくしているが、姑であるミツに対しては呼ばれても返事もしない。本家だから法事やお盆などの行事があるのだが、早々に実家へ戻り手伝おうとはしなかった。嫁は夫の姉たちも嫌いで、皆が集まる正月も実家で過ごす有様だった。
嫁の態度を苦々しく思っていた栄作とミツだったが、ある日、嫁が「お母様の後のお風呂は汚いから入れません」と言ったことでキレた。「出て行け!」と怒鳴る栄作にプイと顔を背けた嫁は、顔色も変えずに実家へ戻った。嫁に惚れきっている長男はすぐに迎えに行き、二人はその後、小さな社員寮へ移ってしまった。やがて子どもが授かったが、嫁の幸子は「育てられない」と栄作夫婦に子どもを託し、二人目が生まれたときにやっと長男夫婦は本家に戻ってきた。
同居の条件は離れに栄作夫婦が移り、広い母屋を長男夫婦が使うというものだった。しかし盆・正月・法事になると実家に戻ってしまうのは元のまま。しかも今度は仏壇のある母屋に厳重にカギをかけて知らぬ間にいなくなってしまうので、親戚も僧侶も中に入ることが出来ない。本家の主婦として人寄せや仏事を何よりも大切にしていた栄作夫妻は何度も嫁や長男と話し合おうとしたが、拒絶された。
親戚に恥じ入り、ご近所に恥じ入ったミツは農薬をあおった。遺書には「さっちゃんだけにはそうしきにきてもらいたない」と書いてあった。数年後、栄作は離れで孤独死した。

2008.5.24発行 み・まも〜る6月号 Vol.13