お小遣い?報酬?


節子さんは、ひとり暮らしをはじめて3年がたつ76歳。
最初は周りが心配したが、節子さん自身は自分のペースで好きな事をして暮らせる事に内心はウキウキしていた。

しかし、実際には色々と活動するつもりではあったものの、思いのほかテレビやラジオのおもりをする時間が多くなった。
テレビやラジオのおもりをしていると、昔はさほど興味の無かった歌やテレビドラマに興味を持つようになってきた。

節子さんのところには、お小遣いがなくなった頃に高校生の孫が顔をだす事がある。
そういう時ばかりでは無いけれど、節子さんは孫の顔を見ただけで「ははーん。今日は小遣いだな」とわかるようになってきた。

いくら可愛い孫とは言っても、毎回ただ小遣いをやるだけでは良くないし、親からは「あんまりお小遣いを渡さないで」と言われている。それでも孫は可愛くて、小遣いをねだられたら絶対に断れないので、小遣いをやる時には必ず『仕事』を与える事にしている。仕事の内容は節子さんが自分ではできない事だ。

その日、孫に課せられた仕事は、節子さんがテレビやラジオで知った歌手の「レコードを買ってきてくれ」というものだった。
孫は首を傾げた。「ばぁちゃん、レコードって何? CDの事?」と言うので、節子さんは「そうそう。音楽が鳴るやつだよ。」と答えた。孫は「テレビで見るやつじゃないんだね? オッケー、わかった! 買ってくる!」。孫は「プレーヤー本体も無いから、少し高いよ」と言ったので、数枚の1万円札を渡して買いに言ってくるように命じた。

『高校生に大金を持たせるのは良くない』と周りからは言われるけれど、節子さんは使命感・責任感を持つ事ができて、むしろ良い事だと思っている。そして、孫との信頼関係は確実に深まっていると感じている。

テレビを見ながら孫が帰ってくるのを楽しみに待つ。待ちくたびれてうたた寝をはじめた頃に、ようやく孫が自転車に大荷物を抱えて帰ってきた。

「ばぁちゃん、ごめん。本体は買ったんだけど、目当てのCD(レコード)がみつからなかった…」と、任務を果たせなかった事に、ひどく悩み悔しがっているように見えた。「これ、おつり」と言って、孫は2万数千円と小銭をレシートと合わせて節子さんに渡した。節子さんは、こういうバカ正直な所が少し不安だが大好きだった。自分の子ども達はお釣りなんか返してくれたためしがない。

売ってなかったのなら仕方がない、では終わらせない節子さん。「どこに行ったら買えるんだろうねぇ?」と孫に聞くと「あんまり有名じゃないと思うから…インターネットとかでなら買えるかも。僕はやった事ないから、お母さんに頼んでみるね」と言うので「それぐらい自分でやならなくてどうするの。インターネットで買い物した事ないなら、丁度いい勉強になるでしょう」と、孫の返してきたお釣りをそのまま孫に渡した。
孫は少し不安な顔をした後、新たな任務に目を輝かせはじめた。「わかった! やってみる! でも、こんなに高くないから1万円だけ預かるね」と孫がいう。
「そんな事いわないで。残りは仕事をしてくれた報酬なんだから」と節子さんはお釣りを受け取らず、孫を帰した。孫はいつも通り複雑な表情で嬉しそうに帰って行った。

ただ小遣いを渡していただけでは、この孫は今のように寄り付く事はないだろう。節子さんは、こうして孫との遊びを楽しんでいる。

2010.04.25 発行 み・まも~る5月号 Vol.36