車がないと…?


車がないと…?

茂夫さんは、ひとり暮らしの69才。体力や自分のカンが鈍ってきてしまっている事は、うすうす感づいてはいたが、ついに昨年、考えられない交通事故を起こしてしまった。駐車してある車を発進させようとした時、アクセルとブレーキを踏み間違えて電信柱に突っ込んでしまったのだ。幸い、ケガ人は誰もいなかったが、それを聞きつけて息子が飛んできた。

息子からは「年寄りなんだから、なるべく運転はしないように」と前々から言われていた。「まずいなぁ」と思いながら、茂夫さんは事故の原因を(照れ隠しに)笑いながら息子に伝えると、息子は大激怒。茂夫さんも「何くそ!」と応戦したが、最終的には目の前で免許を切り刻んで捨てられてしまった。

そんな事件があってから、茂夫さんは車を手放した。通院や買い物など、移動にはバスや電車を使うようになった。
車のない生活なんて考えられなかったが、これがなかなか楽しい。バスや電車に乗るために歩くのがいい運動になる。バス停でバッタリと近所の知人や友人と出くわして、そのまま連れ立って喫茶店に入ったり、遊びに行ったり。車に乗らなくなってから、友人が増え、今まで知らなかった色々な情報が入ってくるようになったのだ。

今一番の楽しみは、友人たちとの息子や嫁の愚痴合戦だ。友人達も、愚痴を話し出すと止まらない。みんながみんな、「ワシんトコはもっとヒドイぞ」と言う。そうかと思えば「ワシの息子は、もっとすごいぞ」という自慢話になったりもする。話が盛り上がりすぎると、必ず誰かがケンカを始める。
大騒ぎしている老人軍団に、怪訝な顔をする喫茶店の店員の視線も、みんなと一緒なら全然気にならない。

友人が増えると、食事に誘われたり、散歩に誘われたり、グラウンドゴルフに誘われたり、毎日が大忙し。車を無くして不自由になったと思いきや、前より沢山の自由を手にいれたように思う茂夫さんであった。

2009.10.25発行 み・まも~る11月号 Vol.30