すげぇな、ばぁちゃん。


富子さんは80を超えて、尚も気丈なばぁちゃんだ。
十数年前にじぃちゃんを亡くしたところでガックリとしてしまい、周りを少し心配させた時期があった。足(膝)が痛くて立てなくなったり、一日中布団のだったり。じぃちゃんの生前はこき使われて文句ばかり口にしていたが、やはり長年連れ添ったじぃちゃんの死は、ばぁちゃんにとって相当ショックな出来事だったという事だ。

しばらくぶりに孫が「ばぁちゃん元気か?」と訪問すると、家の中にばぁちゃんの姿が見当たらない。孫は少し心配したが、一人で出歩く事もないだろうと思い、来た事だけを伝える書き置きを残してその日は帰る事にした。

すると、その日の夕方。孫の携帯電話に、ばぁちゃんから電話がかかってきた。
「何だぁ、あんた今日来たんかぁ?」とばぁちゃん。
「うん。でも誰もおらんかったー。」と言うと、ばぁちゃんは今日はお墓に行っていたと言う。
「来る時はちゃんと連絡してからおいでんね!」と残念そうにばぁちゃんは孫を叱った。
「じゃぁ、土曜日にまた行くね」と約束して、その日は電話を切った。

そして、土曜日。
孫がばぁちゃんの家に着くと、見慣れない自転車が…。当時、出たばかりの電気自転車だった。電気の力でペダルが軽くこげて、坂道もラクラク登れる、というふれこみの物だ。驚いた孫は、ばぁちゃんの顔を見るなり「何? 自転車買ったの?」と聞いてみた。
「あぁ、電気で動くヤツらしいんだけど、アレは良くないぞ」
「でも、コレ、十万円くらいしたんじゃない?」と孫が言うと、
「充電しなきゃぁならんし、結構(車体が)重いから、スタートが大変なんだわ」とばぁちゃん。
「あれ? ひょっとしてこの前は一人でお墓行ってたの?」と驚いて孫が聞いてみると、その電気自転車で一人で行ったという。ばぁちゃんは再び当時の最新マシンを、罵倒し始めた。

「すごいじゃん、ばぁちゃん、元気になった?」と孫。
「おぅ、高いローヤル飲んでるからなぁ。これはキクから、あんたも飲みんさい。コレを飲み始めてから、足が動くようになったぞ」とばぁちゃん。
「ばぁちゃんも一時はどうなる事かと悲しくなったけど、最近はどって事ないぞ。80年も使ったんだもん。手も足も、だんだん壊れてくるわ。耳もぜんぜん聞こえやせんけど、コレぐらいが丁度いい。皆の言う事が聞こえると、疲れてくるじゃん。面倒くさい時は聞こえとっても聞こえんフリしてやっとる。今ぐらいの方が都合がイイんだわ」
「すげぇな、ばぁちゃん」と孫が驚いてみせる。

「目も片っぽは全く見えんし、もう片っぽもほとんど見えんだぞ」とか言いながら、隣の部屋には裁縫セットが引っ張り出してきてあった。長年裁縫の仕事をしていたばぁちゃんは「こんなモンは目が見えんでもできるわ」と、針に糸を一発で通す。
「目を瞑ってでもできる」ってのは、言葉のアヤでしかないと思っていたのに…。

孫は「すげぇな、ばぁちゃん」を繰り返していた。

2009.8.25発行 み・まも~る9月号 Vol.28