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~ 正月 ~
年末。
気ぜわしいだのいよいよだのの挨拶が飛び交い、“お正月”という大イベント、
大セレモニーにこぞって突入する------というのが私の子供の頃のお正月でした。
お正月に備えての大掃除にすす払い(もう今となっては死語ですね)は、ほとんど町内あげての行事で、
タンスもタタミもみ~んな外に出して、家中を祓い清めていました。
あー、餅つきも自分ちでやっていたんだっけ。
それは末広がりで二十八日。
葉ボタン門松を玄関に置き、〆縄を飾り、その頃にはどの家からもおいしそうな煮物のにおいが漂ってきていました。
慌しくして子供も当然一役は負わされいましたが、なぜか心ウキウキ。
歌の通り、お正月が来るのを指折り数えて待っていたものです。
大晦日のレコード大賞に紅白歌合戦。
これといった歌番組も少なかった当時としては、夢のスター大饗宴でワクワクしながら見ていたものでした。
レコード大賞に選ばれた曲は、本当に誰でも口ずさんでいた大ヒット曲であり、昨今のように名前も知らない
お姉さんが聞いたこともないような曲で、受賞するのとは大違いなのでした。
明けて元旦。
お父さんから順番に朝風呂に入り、下着からすべて新品に着替えるのです。
昔はお正月くらいしか朝風呂なんて入れないものでした。
そして全員がまるでそうしなければならないかのように和服に着替え、
その晴れ着姿で門口に日の丸を掲げたのでした。
祝日を今でも旗日と呼びますが、この頃では旗を立てている家の方が少なくなってしまいました。
元旦の祝膳に家族が揃いご挨拶がすむと、お年玉がもらえるのです。玄関の上がりはなには、
三宝の上にスルメとコンブを細く切って盛り上げ「お玄関先で失礼致します」のお年賀の方々に
そなえてありました。
「ごめん下さい」の声でお年玉をくれるおじちゃんかどうか、ちゃっかり判断して”物くれる君”の時は
「ハーイ」と元気良く返事して、しっかり”正月成金”になっていたのです。
追い羽根つき、すごろく、福笑い、ミカン釣りと、遊びには事欠かず、正月成金達も、持っているものだから、
お金を賭け(親には内緒で)ワクワクして打ち興じていたものです。
海外旅行にスキーツアーとお正月の過ごし方もバラバラになり、
あの厳粛で楽しいお正月は本当に遠いものになってしまいましたね。
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